田中正治 2022年7月
書評「アメリカ超能力研究の真実」(加藤真理子訳/太田出版/2018)
(1)「超能力」研究の目的
本書は米国の国家的機密プロジェクトに参加した科学者といわゆる「超能力」者達及び彼・彼女らを指揮した軍事組織の実態を、関係者55名へのインタビューと封印を解かれ公開された「公文書」に基づき記述されている。アメリカ政府は第二次大戦終結から数年後,軍事と諜報に超常現象が有効な手段になりうるか研究を始めた。その秘密の歴史を白日の下に暴露することが本書の目的だ。
超常現象には、超感覚的知覚(ESP・テレパシー、透視、予知等)、サイコキネシス(念動力・PK)、マップダウンジング(地下水や鉱物等を見つける)等がある。
米ソ冷戦の最中1972年、中央情報局(CIA)が数名の科学者によって「超能力」プログラムを立ち上げた。「超能力」が事実ならソ連に対抗する有効な手段になる。CIAは極秘にスタンフォード研究所と契約を結び、科学者たちは「超能力」が再現できるかどうか調査するよう命じられた。「結果は驚くべきものだった。『数々の確かな実験証拠により、ESPが本物の現象として存在すると認めざるを得ない』。CIAは1975年にそう結論づけている。」(p10)
だがこうしたテレパシー、透視や予知などの現象が理論的に解釈できないことが明らかになると、科学界は「超常的現象」を一切認めようとしなかった。
私が本書に興味を持った直接の理由は、技術の発達によって現在の戦争の形態が、特に21世紀に入って激変しつつあることに気づいたことだった。ドローン、ステルス戦闘機、ロボット兵器、電磁波戦争、サイバー戦争等は5G宇宙衛星を媒介していて、戦争の概念を大きく変えつつある
。「超能力」も戦争の概念を変えるのではないか、ということだった。
(2)「超能力」への個人的関心
他方でどうしても「超常現象」に引き付けられる個人的な事情もあった。
2002年千葉県の鴨川に終いの住まいを入手したとき、遊びに来たSさんが”田中さんここ大変よ。すごく感じる”と言う。納屋の奥で、髪を振り乱したおばあさんが、鎌を振りかざして立っているのが見えるという。近所の人に聞くと、この家は裁判所の競売物件で、両親が亡くなった後、一人息子がパブでフィリピン女性に入れあげ、破産して夜逃げしたとのこと。”ひょっとしたらその後、母親がこの家を守っていたのかもしれないね”、と近所の人はいう。さもありなん。Sさんは鎮魂の祈りを捧げてくれた。
数日後お礼の電話をすると、Sさんは、弱々しいか細い声で、”霊をひきうけちゃったみたい”という。心配で数日後再度電話すると、彼女は元気になっていた。”銀色の人の姿のような3つ光が体から出て行ったので楽になった”のだと。
鎌を振り上げたおばさんが見えたということは、人間は死後も霊魂は生き続けていることを意味している様で、彼女は人間の肉体は霊魂の入れ物だという。過去や現在は見えるが未来は見えないといっていた。
人生に悩み苦しんでいた30歳台のある日、突然、Sさんは全身天からシャワーのようなパワーを浴びた。それから”見える”ようになってしまったそうで、もうかれこれ30年お付き合いしているが、さまざまな場面での彼女の透視能力を僕は否定できない。
もう一つ例を挙げておくと、1993年ごろ僕が埼玉の越谷から神奈川県に引っ越しした。ある日、体調がよくなかったのでSさんに診てもらいに行った。Sさんは、「田中さん、越谷の家に忘れ物をしているよ」、という。何ですか?と聞くと、Sさんは模様が描かれた敷物のようなものが見えるという。赤い模様が書かれた毛のような敷物の絵をかいてくれた。引っ越した家に行ってみると、赤い模様の羊の毛でできた敷物があった。以前ゴミ捨て場で拾ったものだ。それは今も僕のPC部屋に置いてある。
ついでにもう一つ例を挙げておこう。1990年代の終わりのころだと思うが、Sさんの生家に行った折、散歩がてらに二人で近所のお寺に行った。彼女はお堂に入り5m程離れた仏像に手を合わせた。そうすると仏像の左右にあるろうそくの火が60cm程ぼうぼう立ち上がった。彼女が祈りをささげる間火柱が立っていた。気のパワーだと思った。
様々の経験から僕は「気」の存在には確信を持っている。だが、テレパシー、透視、予知能力、念力、霊魂の存在に関してはSさんとの経験のみであり、否定はできないが確信が持てない。本書は公開された秘密報告書に基づいており、いわゆる「超能力者」に対する実験は、厳格にトリックができない環境で行われている点で、信頼度の高いものと考える。軍事技術としては、超常現象の実戦的有効性が担保されることが絶対条件だからである。
米国の軍事組織やCIAにとって死後の霊魂については、関心がないのだろう。本書では透視や予知、念力や気については様々な信頼に足ると思われる実例を挙げている。
著者のアニー・ジェイコブセンは調査報道ジャーナリストで、秘密基地の全貌を明らかにした世界的ベストセラー「エリア51」をはじめ「ナチ科学者を獲得せよ!」「ペンタゴンの頭脳ーDARPA」等軍事開発の闇を追う話題作を世に問うている。
本書では超常現象に関する多くの具体的事例を、公開された「機密文書」から紹介している。いくつかの事例をあげよう。なぜならこうした目に見えない超常現象は実例を挙げることなしに想像の埒外にあるからだ。
(3)ユリ・ゲラー(念力、透視、予知)
1971年CIAの委託を受けた神経性理学博士アンドリア・ブハーリッチは、「脳の直接的な知覚と作用の有無を明確にする研究計画」のためユリ・ゲラーに会いテストを行った。公開された機密文書によればユリ・ゲラーは「他人の握りこぶしの中の金の指輪を割った。二つのハイメタル式温度計のどちらかひとつを頭の中で選択し、温度を摂氏3度から4度上昇させた。壊れた時計と腕時計を念を送るだけで動かした。また腕時計に触れず針を進めたり戻したりした。」念力である。
1972年12月1日から1973年1月15日にかけて、CIAの委託を受けた2人の科学者パソフとターグがユリ・ゲラーに9か月間の実験を行った。機密解除された報告書によれば、電子遮断された部屋で、ステンレス製の蓋つきの10個のアルミニウムのフィルム容器を並べ、その中にボールベアリング、磁石、水を入れたものや空の物を並べた。ユリ・ゲラーは片手を缶の上にかざすか、ただ見つめた。彼はどの缶に何が入っているか、空缶はどれかやすやすと当てた。12回行われ1度も間違えなかった。「これが単に偶然で起こる確率はおよそ1兆分の1である。」(p173-174)
透視だ。
1970年秋、ユリ・ゲラーはイスラエルのテルアビブでテレパシーの実演をしていたが、突然立っていられなくなりパフォーマンスを中断した。そして「きっぱりとこう発表した。突然具合が悪くなったのは歴史的なことが起ころうとしているか、起きたところだからだ。当時の不倶戴天の敵ガマル・アブダル・ナセルエジプト大統領が「たった今死んだか、もうじき死ぬ」」(p113)と。「20分ほどすると誰かが大声で叫びながら駆け込んできた。ラジオカイロが今ナセル大統領の死を報じたという。この出来事を期にユリ・ゲラーの評判は爆発的に高まった。」(p114)予知能力だ。これらはユリ・ゲラーに関する記述の一例である。
(4)パット・プライス(透視)
1974年7月19日にパット・プライスはソ連国内の極秘ターゲットの透視をCIAから要請された。カザフスタンにあるロシアのパラチンスク核実験場に隣接する施設である。レールに乗った巨大クレーンのスケッチをしたり、「20m弱の金属球がある組立作業場」が見えるとも言い、プライスは詳細に報告した。「この情報はCIAに送られ、作戦を担当する一流のアナリスト、物理学者のケネス・A・クレスが機密扱いの衛星画像と比較した。写真から貨車用のレールと巨大なクレーンがあることは確認できた。圧縮ガス容器もプライスが報告したものと一致した。しかし球体は確認できず、CIAを落ち着かない気分にさせた。」(p204)
(5)ローズマリ・スミス(透視)
1978年ソ連発の大型超音速爆撃機ツポレフ22型(TU22)が墜落した。CIAはこの機体を探し軍事機密を入手しようとした。人工衛星写真センターで勤務していたローズマリ・スミスという超能力者に透視を依頼した。彼女は絵や文字を走り書きし、地図を描き小さな印をつけた。「彼女は機体からパイロットが脱出するのが見えるといった。」(p267)それから二日後、CIAヘリコプターチームは機体を見つけ、TU22から貴重な技術情報を入手した。1995年カーター大統領は、スパイ衛星も見つけられなかった墜落地点を、あるサイキックが正確に突き止めたことに感銘を受けたと、アトランタの大学で語った。「彼女は経度と緯度を口にした。我々が衛星カメラの焦点をその地点に合わせたら、そこに飛行機があったんだ」(p260-261)と。
以上は公開されたCIAの機密報告のほんの一部だが、これらの報告書から判断すれば透視や念力やテレパシー現象は特定の人々(いわゆる超能力者)に起こり得たことは事実であろう。CIAは外部の科学者と契約を結び超能力プログラムを評価させた。その結論は「数々の実験証拠により、ESPはまれにしか現れず確実性を欠くものの、本物の現象として存在することを認めざるを得ない」(p207)とするものであった。私もこれら科学者による評価を肯定する。
しかし1975年、CIAは次のような結論に到達する。「これらの現象には十分な理論的解釈は存在しない。様々な理論はあるものの、どれも推測の域を出ておらず、根拠もない」(p458)と。1986年陸軍も同様の結論に到達し、1995年には政府のESP及びPKプログラムも廃止された。
(6)他方、中国では1949年革命以降「超能力」研究は禁止されていた。だが、1979年中国最大手紙・四川日報が耳で文字を「読む」ことができる唐雨という少年を一面で報じた。「耳に丸めた紙が入るとピリピリしてきて、文字のイメージが頭の中に浮かぶんだ。フィルムがスクリーンに映し出されるみたいにね」(p293)
共産党公認の複数の新聞が様々な特異功能(EHBF)を持つ子供たちを報道し始めた。1980年2月、「第一回特異功能の科学シンポジューム」という政府公認会議の科学者がそれら子供たちをテストした。その結果、14人が特異功能を有していると判断した。精神力だけで机の向こう側の物体を動かせる少女、ふたをした広口瓶の中の花のつぼみを数秒で開花させた少女、時計の針を動かす、金属を曲げる、機械を壊す、手の一振りで可燃物を自然発火させる子供たち。
気功から特異功能に至るすべての中心には銭学森がいた。彼はアメリカロケット研究のパイオニアでマンハッタン計画に参加した天才科学者だったが、戦後、赤狩りによって中国に送還された。
帰国した彼は中国の技術力に革命を起こした。ロケット、人工衛星、有人宇宙飛行、原爆プロジェクトに取り組むのみならず、さらに、特異功能、ESP、気功など超常現象の背後にある科学にも熱心に取り組んだ。
「数十年にも及ぶロケット研究の結果、銭学森は、「宇宙空間と精神空間、宇宙と人間は共生関係にある、と深く確信するようになっていた。」二つの世界は氣によってつながっている。「目を使わずにものを見たり、ESP、生物と無生物に影響をあたえる、PK、EHBFを持つ十代の子供たち,に行った実験からもわかるように、氣という生命力を備えたエネルギー」の研究が次の「科学の革命」をもたらすだろう。「この熱狂的な雰囲気は近代科学にアインシュタインの相対性理論と量子力学が登場した時を彷彿させる」と。(p306)
(7)以上のように、超感覚的知覚(ESP・テレパシー、透視、予知等)、サイコキネシス(念動力・PK)等いわゆる「超能力」「超常現象」に関して僕自身は、Sさんとの経験及びアメリカの軍事組織のプロジェクトやCIAの実験、及び中国での情報と国家プロジェクトの情報を考慮するとき、これらいわゆる「超能力」「超常現象」を否定できないのみならず、人間が持つ潜在能力であると思わざるを得ない。特異な個人にのみ現れる能力ではなく、すべての人間にある潜在能力であり、適切な訓練によって顕在化できることは、中国の優れた気功家に代って証明されているようだ。
(8)米国では、1975年にCIAが、1986年には陸軍が、そして1995年には政府がESPやPKは充分な理論的解釈は存在しないとして、それらのプロジェクトを廃止していたが、2010年ごろになると、全く異なったアプローチが国家的規模で行われ始めた。
ブレイン・イニシャティヴ」は、「アポロ計画」「ヒトゲノム計画」に匹敵する巨大科学プロジェクトとして2013年にオバマ大統領が発表したビッグサイエンス計画だ。
計画は、人間がどのように考え学習し記憶するか等、脳の部位ごとの役割を解明し、「脳マップ」を作成することで、脳の働きの全容解明を目指している。ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)は脳と機械を直接つなぐ技術だ。https://darwin-journal.com/mental_privacy
Facebookは、脳から直接文字入力できるインターフェース(BCI)を開発中で、起業家イーロン・マスクは新会社「Neuralink」を立ち上げ、脳とコンピュータを直接つなぐことを目指している。
2010年代から始まるブレインインターフェイスプロジェクトに先立って2000年代初頭からAIの研究者やシリコンバレイのビジネス界が先行していた。
レイ・カーツワイルは「ポストヒューマン誕生」(2005年)の中で、AIが人間の知性を超える特異点について書いている。コンピューターサイエンス、ナノテクノロジー、脳科学の結合によるコンピューターと人間の脳との接続と相互のバージョンアップによるポストヒューマンについて彼のビジョンを展開していた。
また、マイクロソフトのInternet ExplorerとOutlookの開発者の一人で、自らナノテク企業の起こしCEOであるラメズ・ナムも同様の問題意識のもとに「超人類へ!」(2005年)を世に問うている。
「私たちの脳内部の活動に直接手を加えたり、脳内活動を直接コンピューターに連結することができれば」「自分の感情をリアルタイムで制御する。自分の性格を根本的に上書きするように変える。心の奥深いところにある思考や感情を人とやり取りする。そういったことが可能になり、さらに、コンピューターの持つ能力を、自分のものであるかのように利用することが出来るようになる。
このような能力は、アイデンティティや個人の存在といった感覚に対して、深刻な疑問を投げかけることだろう。人間と機械の境界線だけでなく、人間一人一人の境界までもがあいまいになってしまうかもしれない。」「精神とコンピューターをお統合し、互いの精神を統合することは、人間とはどういう存在なのかという概念に挑戦するものなのだ。」(p200-201)
最後に、ラメズ・ナムは、コンピューター・インタフェイスを脳に埋め込んだ場合、日常生活でどんなことが起こるかリアルに記述している。「この黙ったままでコミュニケーションができるという能力には度肝を抜変えてしまう。」(p231)「感情や、抽象的な考え迄も送れることがわかった。」(p232)
「職場ではインプラントを持つ同僚と一緒に仕事をすると、そうでない相手と比べて、スピードや正確さが格段に違い、作業しやすのだ。インプラントを持つ相手とのミーティングでは、心の中の図やイメージ、声に出さないスピーチで、いつも通りの仕事をこなす。」
人工的なテレパシーコミュニケーションだ。
言語使用以前におそらく自由にコミュニケーション手段として使っていたテレパシーは、ホモサピエンスが進化の過程で獲得したものだったのだろう。階級構造が成立していなかった社会では、そのテレパシーは、単なる人間相互のコミュニケーション手段だったのだろう。
だが、現在、社会は複雑な階層構造を持った階級社会であり、支配隷属関係に満ちた社会で、この人工的テレパシーが、実現されるなら、一部エリートの支配による管理社会、マインドコントロールによる相互監視社会が出現しても不思議ではない。
ちなみに、オーストラリア先住民・アボリジニーの「真実の人」族は、現在でも日常的にテレパシーコミュニケーションを行っているようだ。「ミュータント・メッセージ」(マルロ・モーガン著角川書店)でこの「真実の人」族と行動を共にした著者はそのことを報告している。
「このメンタルテレパシーの件は、アメリカの人にとても信じてはもらえないだろう。彼らは人間が互いに残酷なことをすると考えがちで、人種差別をせず、互いに助け合って平和に暮らしている人々、それぞれの才能を発見して敬いあう人々など存在しないと信じているのだ。」
オータによればこの部族がテレパシーを活用できるのは,嘘をついたことがないからだという。「作り話、あいまいな真実、想像上の思い込みなどとは無縁なのだ。全く嘘をつかないため隠す必要がない。彼らは自分たちの心を開くことを恐れず、互いに進んで情報を公開しようとする。」(p74)
「私が暮らしている世界、人が会社の金を盗んだり、浮気をする社会では、テレパシーが働くはずもない。私がいる世界の人たちは「心を開く」ことなどとんでもないと考えている。ごまかし、傷つけあい、苦々しい思いに満ち溢れているからだ。」(p73-74)
「その旅の後半で、かれらは私のテレパシー能力を高めようとしてくれたが、心や頭に何か隠そうとする部分がある限りうまくいかないことが分かった。あらゆるものに対して心を開かなければ、テレパシーは通じないのだ。」(p74)
脳とコンピュータを直結させ人間の頭脳の処理能力を飛躍させようとするニューロ―インターフェイスは、人間と技術の関係の転倒であり、人間を生物学的定義を超えた存在にするかもしれない。その時その超人間はもはや自由な主体ではなく、技術の奴隷になっていないか。その時その超人間は、その技術を操作する一部支配的エリートたちの奴隷になっていないか。
科学技術の方向を選択するのは誰なのだろう。それは支配エリートでも科学者でもなく人間の英知とでもいうべきものかもしれない。 直感する力、不快感、違和感、生命への充実感。それらは万人が持っている技術をしのぐ人間の資質ではないのか。
技術の制御、管理は、社会全体で行われるべきで、アルゴリズムの公開、OPEN SOURCE
やNOを突き付ける社会運動などが不可欠だ。
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